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『洗脳論語』に診る在日帰化中国人共が尽く真逆性癖など

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https://raped2024.hateblo.jp/ の続き 要は詰り結局尽く真逆と云うだけなんだが……何故か間違い無くソレが未だナニ一つ感じずナニ一つ判っていないのがその糞ブス老害関西ゲイ人系在日帰化中国人本山真一家共なのである。 皇帝が神として君臨するための橋渡し 子曰 非其鬼而祭之餡也 見表不為無勇也 子曰く、其の鬼に非ずして之を祭るは、蓄うなり。義を見て為さざるは、勇無きなり、と。 (為政第二の二十四) 儒教における忠義は、もともと先祖に対するものでした。それが論語では、 子を先祖と同様に扱っています。そのため忠義の対象には、君子を含まれるようになりました。論語が世界を席巻した大きな理由の1つです。 この文は、忠義の対象が先祖から君子へとすり替えられた、橋渡し的な文だと言えるでしょう。「其の鬼に非ずして之を祭るは、諂うなり」と「義を見て為さざるは、勇無きなり」という2つの文は、同じような意味合いです。 多くは「自分の先祖以外の霊を祀るのはただのおべっか使いだ。逆に、正しいこととわかっていながら実行しないのは憶病者だ」と訳されています。 「自分の先祖以外の霊を祀るのはただのおべっか使いだ」という前半の文からは、「先祖を祀らないことはダメだ」という意図も読み取れます。要するに、「先祖は祀らないといけないが、祀る価値があるのは自分の先祖だけだ」と言っているのです。自分の先祖を祀るのは、当時では当たり前のことだったので、時代の文化として最も受け入れやすい言葉でした。 しかし、孔子や皇帝というのは、信者からすれば他人です。他人を祀る必要はなく、そこに義はありません。ところが、先にも述べたように、孔子はそれを先祖と同じくらいに偉いのは自分、あるいは皇帝と、祀る対象を君子へとすり替えていきました。例外として孔子や皇帝も含めるのではなく、「この世の父は孔子であり、皇帝である」というのが、この文の論理なのです。 孔子の本心は「先祖を祀るのと同じように、君子を祀りなさい」ということです。「自分もしくは皇帝以外に諂うのは間違い」と言っているのです。 後半の文も同じ意味です。孔子または皇...